田渕竜也

ぼくらの『ネオ・ヴィジュアル系』筆者の記憶と去年のフェスについて

バンギャに対する記憶
 筆者が通っていた高校では“バンギャ”の人たちが多い高校だった。その高校にいたのは大体2006年頃。ボロボロにしたカーディガンを着こなし、アシンメトリーな長髪、学校のスリッパには好きなバンドの名前を書き殴り、さらに沢山のピアスを開けた人がいた。最も鮮明に覚えているのはとある生徒のロッカーやスリッパ、机にthe GazettEと黒のマジックで書き殴られていたこと、自分の肌に安全ピンでバンドロゴを掘ったりしていた人を今でも鮮明に覚えている。この光景はひょっとしたら全国の高校でも見られたかもしれない。
 それらの落書きは今にして思えば、前回論じたバンギャたちのDIY精神から来るものだったのだろう。筆者が高校時代、the GazettEをはじめナイトメア、アンティック-珈琲店-などネオ・ヴィジュアル系バンドが台頭してきた2005年から2007年、この頃からテレビやメディアから“ネオ・ヴィジュアル系”が取り上げられていった。丁度、日本がクールジャパンとしてアニメと同時にDir en greyやMUCCなどのヨーロッパツアーを成功させていることでヴィジュアル系バンドをもっとヨーロッパで売り出そうとしていた頃である。

Visual Japan Summitとヴィジュアル系の終焉
 この頃のネオ・ヴィジュアル系以降のバンギャ文化とはなにかと考えるようにさせてくれたのは、2016年に開催されたVISUAL JAPAN SUMMIT2016であった。おそらくヴィジュアル系としてのフェスでは近年では最大級のフェス。XjapanをはじめLuna sea、Glayからさらにガーゴイル、かまいたちたちが出そろう一つの事件のようなメンツ。さらにネオ・ヴィジュアル系シーン最前線にいた元アリス九號.のA9にVersaillesそしてシド。さらにゼロ年代以降のヴィジュアル系バンドのR指定やNocturnal Bloodlust、己龍など新旧が出そろう網羅性の高いフェスとなった。
 しかしなぜかしっくりこないと思ってしまう部分がある。それはXjapanのYOSHIKIが企画したこのフェスの名前をVISUAL JAPANA SUMMITと自らヴィジュアルと名乗るところである。ヤンキー側にいたYOSHIKIがインナーな内気な現代のヴィジュアルシーンでヴィジュアル系と名乗ることにすごく違和感があるのだ。それなら私事ではあるがヴィジュアルを名乗るのではなくYOSHIKIフェスまたはシン・エクスタシーフェスにすればまだしっくり来たのだろうけど。
 ヴィジュアル系バンドNo Godのボーカル・団長さんの2012年のインタビューですでにヴィジュアル系は終わっていると話している。そのことを考えればこのVisual Japan Summitというイベントは終わりを迎えているヴィジュアル系の葬式みたいなものなのではないかと思う。ヴィジュアル系の終焉については次回詳しく書いてみようと思う。

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