田渕竜也

ぼくらの『ネオ・ヴィジュアル系』ネオ・ヴィジュアル系とはなんだったのか? 最終章

ネオ・ヴィジュアル系を生み出した社会

 バンギャ、ハードコア、ネガティブなどを掲げたネオ・ヴィジュアル系のピークは2006年であった。分野は違うが、オタク、アニメ、コスプレ文化など政府がジャパニメーションとか言っていたものの最高潮が2006年辺りであった。こういったアングラカルチャーにあったもののムーブメントを作り出したのは、現代の成熟社会から不景気社会の真ん中にあった時代であったからと言えるだろう。
 戦争を放棄して争いをしなくなった、衣食住の心配がなくなった、安心した安定した社会であったが、その先に待っていたものはバブル崩壊後の不景気と自殺である。電車で奴隷貨物船の如く毎日揺られ、仕事に追われ、リストラの恐怖に慄く自分の行く末に敷かれたレールが見えさらには死が見えてくる。そんなバブル期のキラキラした華やかな社会から先が見えない暗い人生と退廃した不景気社会が待っている。

ネオ・ヴィジュアル系における思想

 そんな現状への不満と将来の不安がピークに達したのが2006年のところ。そういったものがガゼットやナイトメア、ムックなどネオ・ヴィジュアル系バンドを生み出していった。彼らの存在はメジャー層への反発だった。それはネオ・ヴィジュアル系のファン層の厚い中高生における学校生活でのスクールカーストトップ層のような恋愛至上主義や青春、充実した交遊関係など豊かなスクールライフ、いわゆるリア充に対するものだった。この現状にスクールカースト底辺層は不満と不安を抱いた感情を体現したものがネオ・ヴィジュアル系ブームだった。だが、それだけではない。同時に、彼らがもたらした「リストカット」「メンタルヘルス」「ピアス」などは未来の見えない暗い未来の中のスクールカーストの底辺層における魂の解放であった。影で悪口をいい、誰も彼も信じられない孤独な空間の心地よさと良いことをしてないけど悪いこともしていない何者でもない自分にどこか狂いたいと願う思想と自傷行為はここではないどこかを求める姿勢であった。それがネオ・ヴィジュアル系ブームの思想であった。
 結局、ネオ・ヴィジュアル系というのは中高生の狂いたい願望から生まれたものであり、衰退していったのはみんな大人になってスクールカーストから抜け出せたからなのではないだろうか。

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