田渕竜也

シネマフィリアvol.11 ポンコツクソ映画特集 『貞子vs伽倻子』

これってキャラコントだよな

ホラー映画には二つの種類に分けることができる。真っ当に恐怖を作り出す映画と、キャラを押し出してギャグに走るホラー映画である。
ホラーなのにギャグ。一見、ジャンルが違うようで実は紙一重なジャンル同士なのである。特に『13日の金曜日』や『エルム街の悪夢』などキャラものでは特にそうである。ある意味、そういったホラー映画の看板キャラが映画に出てくるだけで、観客は「いよ!待ってました!」みたいな感じで、まるで歌舞伎の世界、もしくは打ち上げ花火の「玉屋〜」みたいな認識になっている。
ところでこういったキャラを押し出し過ぎ、またたまたまヒットした映画を焼き増ししすぎるあまり劣化して行き、テーマなどもはやなんの映画だったのか、何がしたいか分からなくなって行った映画も存在している。ご存知、『リングシリーズ』と『呪怨シリーズ』である。
この二つのホラー映画のシリーズは回を重ねるに連れて劣化して行った。恐らく、貞子と伽倻子のキャラ依存をしすぎるあまりキャラクターを消費していった結果、ただのキャラコント化していった。
今作はこの劣化していった両者が合わさって出来上がった結果、クソフュージョン映画のファンムービーにもならないただのお祭り映画になってしまった。

ノレる、ノレない「vs映画

こういった「VS映画」って基本、観客がその映画に「ノレる」か「ノレないか」に掛かってるんだと思うんですよ。例えば『ジェイソンvsフレディ』。あれは「VS映画」では最高傑作と言ってもいい。『十三日の金曜日』のクリスタルレイクを舞台にしつつ、夢の中にフレディが出現して、両者合わさった結果、フレディが現実世界に出てくるという両方の映画へのリスペクトがあり、ファンも新規の観客も両方が満足いく結果となった。なので今作『貞子vs伽倻子』の場合、先ず、『リング』には『リング』の三部作があって、『呪怨』には『呪怨』の原作がある。やっぱり原作厨でなくても、やっぱりそれなりにオリジナルには愛着があるワケなのである。なぜ、この映画に対してポンコツという印象があるかと言えば、この作品が『呪怨』でも『リング』でもなくなにものでもない。言ってしまえば家庭教師のトライの『アルプスの少女・ハイジ』のCMみたいなもん。言ってしまえばただの低予算クソ映画である。貞子と伽倻子が戦うっていう一発ネタのような企画は出落ちみたいなもんで、結局、そういった要素を詰め込みすぎた結果、『呪怨』でも『リング』でもないグロテスクなポンコツ映画が出来上がってしまった。

それぞれの映画の根本、理解してる?

それから一つ一つの演出も雑い。先ず、『呪怨』という映画の怖さの根本って「理不尽さ」と「家」じゃないですか?なんも悪い事もしてないのに殺される。なにをしていても殺される。「家」に入れば殺される。この理不尽さの根本をこの映画は履き違えている。そもそもこの映画に於ける『呪怨』の怖さは家に入ることをただの聖域的にしか考えていない。しかも登場人物は躊躇なく入って行く。本当に『呪怨』の恐怖の核に対して無頓着すぎる。
貞子にしても同様である。貞子がテレビから出てくるシーン。これをものの数秒でスぅーッとほんの数秒ぐらいでTVから出てくる。これじゃなんの怖さもない。「はい、貞子さんが登場ですよ」みたいな感じだ。
この映画の肝でもある、貞子と伽倻子の戦いももう無理矢理くつけたような感じである。変な霊媒師が化け物には化け物をぶつけるっていう筋肉理論で貞子と伽倻子を対決させるのだけど、対決の内容は退屈で結末もJホラーテンプレのようなオチなので語れることはあまりない。
もっと貞子の特性とか伽倻子の特性を駆使した対決ならもっと楽しめたかもしれないけど。

ホラー映画からコメディ映画。でも中途半端。

やたらと『呪怨』の敏雄がクローズアップされていたのももはやコメディとしての開き直りだったのだろう。ホラー映画からコメディ映画になってしまった。しかしこれがまたものすごく滑っている。AUのCMぐらい滑っている。あんな敏雄なんて正直、素手で余裕で倒せそうだ。最初でも言ったがよくホラーとコメディは紙一重とは言うが、この場合はかすりもしていない。そもそもホラーコメディはもっと不道徳を突き抜けたブラックユーモアがあってこそなのだが、この映画はユーモアセンスが皆無なのだ。強いて言うならあの霊媒師と子役の演技の不自然さにユーモアがあったぐらいだろう。ホラーの雰囲気をぶち壊すようなキャラクターだったけど。結局、この映画ってホラーにしてもコメディにしてもどっちにしても中途半端な域にしかなく、やっぱり印象はただの低予算クソ映画にしかならなかった。

結局、誰へ向けた映画だったのか?

キャラクターというものを消費していった結果、怖くない、面白くないという映画が出来てしまった。一体、なんの為に作られた映画なのだろうか?ファンのため?それともパチンコ、スロットの演出用の素材の為?ただ、ハッキリしているのはこの映画は『呪怨』、『リング』ファンを裏切ったということだけである。散々なこと言っているけど聖飢魔Ⅱのエンディングはメッチャかっこいいぞ。それと都市伝説を研究している教授の退場は早すぎた。彼ならもの少し頑張って生き残る術を知っていたはずだ。ちょっとキャラクターが『ナナシノゲエム』の教授にも似ていたけど。

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