田渕竜也

コウメ太夫に見る「クリエイティブ」の本質

「つまらない」芸人

芸人で「つまらない」っていうのは致命的だ。例えで言えば、筋肉を操作することができない戸愚呂弟、連射できる宇宙戦艦ヤマトの波動砲、パンチドランカーになってしまったはじめの一歩の幕内一歩っていうぐらい致命的なことだ。そんなつまらないものを見ているこちら側にも精神衛生によろしくないし、どうしようもない。しかし芸人である以上、「つまらない」って言われても作り続けなければいけない。それが「クリエイティブ」っていう世界だ。バンドマンであれば「クソ楽曲」とか言われても作り続ける。このメンタリティが「クリエイティブ」と呼ばれる世界では重要ポイントなのである。
そんでかつて「エンタの神様」という番組にはそんな「つまらない」って言われる芸人たちが一堂に集まっていた。「パッパーン、スパッパーン」のアクセルホッパー、どんなネタか忘れてしまったですよ。っていう芸人、なんかデトロイトメタルシティのクラウザーをそのままパクったキャラなど本当に芸人のヒャッハー墓場状態であった。まさにディストピア。しかしほぼ全ての芸人のネタが一発一言ネタやリズムネタ、ただ怒るだけのキレネタなど固定させられていたのでエンタの神様に出演していた全ての芸人が「つまらない」訳ではない。完全に番組の製作陣がお笑いの才能がなかっただけである。

もっと評価されるべきコウメ太夫

その番組で毎週ネタを披露していたコウメ太夫という芸人を覚えているだろうか?そう白塗りの芸者の「チクショー」と発狂する一発ネタオムニバス芸人だ。彼のネタは当時、筆者がリアルタイムで観た感想でいうとエンタ芸人末期を象徴するぐらいひどいネタだったと言われている。例を出すと「クリスマスに街を歩いていたら、カップルだらけでした。チクショー」というの全く普通で面白くない。本当に芸人なのかと言いたくなる「ただの感想じゃねぇか」っていうネタであった。しかし当時の彼は一世を風靡するぐらい人気があったが、人気の急落も早かった。だって面白いところを強いて言うなら白塗りで叫んでいるっていう図ぐらいで肝心のネタは全く面白くないんだよな。それにひな壇芸人にするにも白塗りは使いにくいし、まぁ一時の「白塗りドリーム」を掴み取ったと言ってもいいんだけど。
しかしそんなコウメ太夫が最近、再評価されつつある。というのも「毎日ちくしょー」というコウメ太夫のTwitterをご存知だろうか?タイトル通り、毎日、コウメ太夫がTwitter上で「〇〇だと思っていたら、〇〇でした。チクショー。」っていうエンタの神様の頃からやっていたネタをTwitter上で毎日発表するというものだ。これが本当にすごい。何がすごいかと言うと、まず「毎日、作品をアップする」。これがどんなに難しいかというと、あなたの手元のスマホでTiwitterを立ち上げて何か一言ネタのテーマを決めて一ヶ月、毎日投稿をやってみてください。絶対できないですよね。これを数年やり続けるとなるともう常人にはできない。もはや悟りの境地だ。しかしここに「クリエイティブ」と呼ばれるものを目指す人たちのあるべき姿が集約されている。

「アート」と「クリエイティブ」について

まず「クリエイティブ」と聞いて何を思い付きますか?「なんかアートっぽい」とか「なんかすごいことやってそう」とか「なんか意識高そう」とか思ったりしますか?「クリエイティブ」と聞くイメージの大体が「アート」とか「アーティスト」なイメージではないかと思う。だけど「アート」と「クリエイティブ」は全く違う。

「アート」とは何か?

ここでいうアートは今のアート、つまり「現代アート」である。まず、白い空間に豆腐なんて置いてみます。「そこになんの意味があんの?」って思いますよね?普通。だけど、「現代アート」って言われる世界はそこにコンセプトをさえあれば成立する。マルセル・デュシャンの変なトイレなんてそうだ。無意味の意味を表現する。「アート」についてもっと乱暴に噛み砕いて言ってしまえばアート系の学校を出て「現代の世界」と結びつけたコンセプトさえあれば成立する。さっきの白い空間に豆腐で言えば、「現代はSNSなどの情報社会である。世の中、みんなメンタルは豆腐だ。だからみんな傷つく。ならいっその事、何もない空間にすればいい」みたいなコンセプトをつければ別に美しくなくても自身が良い、美しいと思うものを表現することで「アート」は完成する。まるで一休さんだね。だからアーティストは「表現」の方法をずっと考えているから作品を量産することができない。

それでは「クリエイティブ」とはなにか?

一言で言えば、「商業」であり、量産することである。よくクリエイティブ系の学校へ進学しようとする人がいるけど、大抵そういう人たちは「アート」志望だ。自分の描きたい表現したい絵や物体を世間から評価されたい。それは「商業」ではない「アート」の世界なのである。クリエイティブの世界は大量に作品を量産しないといけないし、作品に期待する顧客もいる。

「毎日チクショー」で巻き起こる「渦」について

それではコウメ太夫の場合はどうだろうか?毎日、Twitterで「チクショー」と思うことをひたすらひたむきにやり続けている。その結果、「毎日チクショー批評」とか「毎日チクショーイラスト」など様々な人たちが勝手に盛り上がって渦になっていく。これってコウメ太夫の「クリエイティブ」の勝利なんだよね。別に彼のつぶやくツイートネタの点数なんて精々20点ぐらいで十分であって、面白くなくていい。あとは周りが盛り上げていくだけ。つまりコウメ太夫はTwitter上に大喜利のネタをクリエイトしているんだよね。これを毎日続けるからこそ凄いのである。

音楽にイラスト、漫画などこれらを創造する上で100点の作品なんて多大な労力と時間そして才能が必要だから不可能だ。一本の作品に丸一ヶ月かけるより漫画であれば棒人間でいい、音楽であれば8小節ぐらいの4つ打ち楽曲やイラストであればピクトグラムぐらいでいい。それらをSNSなどで毎日投稿するほうがよっぽど「クリエイティブ」なのではないかと思う。「クリエイティブ」の本質はクオリティの問題ではない。量産することが重要なのである。だからこそ「クリエイティブ」を目指す人たちはコウメ太夫の「毎日チクショー」の姿勢にもっと関心を持つべきなのである。「まだやってんの?」って言われたら「つまらない」芸人も面白くなる。それが出たときが真の「クリエイティブ」なのではないか?

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