伝統というものを勘違いしてないか?
先日、女性が救急措置を行おうと土俵に上がった際、土俵の上から降りるようアナウンスが流れたことで物議を醸したことは記憶に新しいと思うんだけど、こういうニュースが流れる度に「女人禁制にする必要なんて全くないよね」っていつも思う。
相撲協会をはじめ、中には頑なに「女を土俵に上げるなんてけしからん」と言う人もいるが、マイナスしかないじゃんという話。そもそも私は男だが、土俵になんか上がったこともなければ、上がりたいなんてひとつも思わない。土俵に上げることができるっていっても日常生活に特に影響はないわけ。女人禁制に反対しているほとんどの女性も同じだと思うんだけど、別に土俵に上がりたいわけじゃないんだよね。女性を不浄のものとする女性を蔑視する文化が嫌ってだけ。女性専用車両の話とはまったく違う。こんなもんはさっさと廃止してしまえばいい。
ところが、反対派は伝統を盾に改革に踏み切らない。相撲の歴史とか伝統については明るくないので、特に言及するつもりはないが、伝統っていうのは旧来の価値観や制度に固執することじゃない。時代の変化に合わせて柔軟に変化させていかなければ、伝統って守れないんだよね。そうやってこなかったものは淘汰される。
日本の職人技が失われつつあるっていうのも、生産効率を考えたら当たり前。だからこそ、伝統を守るためにいろいろな工夫をしようとしてるわけ。ただでさえ様々な不祥事を起こして相撲のイメージが悪化してるのに(これも伝統の弊害だよな)女人禁制の廃止なんて簡単にできる改革を進めていかないのは「頭が固い」というより「頭が悪い」としか思えない。
この伝統っていうのは何が何でも変えちゃいけないっていう考え方は相撲だけじゃないんだよね。部活や職場なんかでもよく遭遇するはずだ。
これは既得権益を失いたくないとかいう理由が大いにあるが、ただの思考停止ってことも少なくない。端から見たら「そんな非効率なことなんでやってるの?」ってことでも「これがここでのやり方だ」と言って誰も疑問を持たずにやってる。そもそも指摘することさえも許されない。デントーガーとか言ってる奴ほど、伝統なんかどうでもいい、今の自分が大事なんや!って思っていると決めつけても案外間違ってないような気がする。
ただ、冷静な判断と分析は絶対に必要。先鋭化してしまったら、それはそれで伝統を破壊する。こういった極論でしか語ることができない人が増えた気がするのもまた現代社会の闇である。この辺に関してはまた別の機会に。