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シネマフィリアVol.21『Get out』

文:田渕竜也

アメリカという国はどうかしている。
ヒロ・ムライというミュージックビデオの監督が2019年にグラミー賞をとったのは記憶に新しい。このグラミー賞最優秀ミュージックビデオ部門で受賞したのはChildish Ganbianoというラッパー兼コメディアンが発表した『This is America』という曲のPVだった。冒頭、陽気なゴスペルサウンドからいきなりアコギ弾いている黒人のおっさんを銃を取り出してヘッドショットするという強烈すぎるまで強烈で直接すぎるぐらいに直接的なメッセージ性。
画面越しのChildish Ganbianoが「これがアメリカだ」ってずっと言い続けるこのミュージックビデオを見た人たちが度肝を抜かせるのは無理はない。現代アメリカにおける銃、黒人そしてそこからつながる死。それは「C’mon,babyアメリカ ドリームの見方をInspired」とは真逆の現代アメリカのクソリアリズムだ。ここで面白いのは昨年ヒットしたDa pumpの『USA』とChildish Ganbianoの曲とは対極的にあることだ。アメリカに対する憧れと今、アメリカ国内で起きている現状。銃と人種の問題はオバマ元大統領という黒人初の大統領を経ても、今だに黒人という人種だけで無抵抗な人に銃をぶっ放す警察がいたり、毎年のように学校で銃をぶっ放す事件が起きている。やっぱりアメリカという国はどうかしてる。
ハリウッド映画界は今、人種とりわけ『ブラックパンサー』、『ストレイト・アウタ・コンプトン』などをはじめとしたブラックムービーの勢いがすごい。そこで今回は一風変わったブラックムービー『Get out』という映画を取り上げようと思った次第でございます。

Childish Gambino – This Is America

この映画ってどんな映画?
この『Get out』をメッチャ噛み砕いてわかりやすく説明すると「ちょww、俺、黒人なんだけど白人の彼女の実家へ挨拶いったらエライ目にあった件ww」である。多分、この映画はこの一言で話が終わってしまう。
まず映画の冒頭からずっと「私は黒人を差別をしないわ」って絶対に関わるとメンドくさそうなSNSでやたらと動物愛護や人権派のツイートをリツイートしてきそうなこの映画のヒロインが黒人という人種に対して過剰に意識しているところがもうこの女やばそう。ヤンデレなのかなにデレなんのただのビッチなのかわからないけどメッチャ違和感を感じさせる。とりあえず彼女のことを「レイシャルデレ」ということでこのヒロインを「レイデレ」という立ち位置にしておこう。

過剰な愛が人を潰す
ところで過剰な愛って時にはぶっ潰してしまうこともあるんですよ。昨今よく聞く毒親っていう感情は基本、この「愛」によって生まれる。愛するが故に当たり散らして気がついたら潰してしまっている。
それとよく似ているのがヴィーガンと呼ばれる人たちである。自分たちが愛するまたはかわいそうと思う動物たちを過剰までに守ろうとして「もう一層の事人間なんて」ってなって人々に対して攻撃的になる。だから「愛、故に〜」はもう「この世界を正すには人間を消し去るしかな〜い」と叫ぶRPGの悲しい過去を背負ったラスボスと同じなんですよ。だからこの映画の出だしからこの白人ヒロインのヤバそうな雰囲気を感じてしまうのである。実際やばい奴だったんだけどね。

ホラーとコメディーにおける脳の神経系
一応、この映画のジャンルはスリラー/ホラーにはなるんだけど、ほら、よく言うじゃないですか?ホラーとお笑いは紙一重って。恐怖と笑いってすごく密接に繋がっているんですよ。
まぁ脳のメカニズムで言うと人間って不愉快と同時に快感を覚えるという同時活性化モデルというメカニズムがある。つまり、恐怖を感じることと快を感じることというのは、脳の中の回路でどちらかが上がるシーソーゲームみたいな関係性ではなくて同時に活性化させているのである。最近の研究によると恐怖によって活性化する脳の神経系は、快楽に関連する神経系と同じであるようだ。だから怖いと思ってみるホラー映画や恐怖映像を見たりしていると恐怖を味わうと同時に快楽を覚えているというわけである。
そんで今作は怖いと思わせるシーンが随所にある。例を出すと表情に違和感のある主人公の彼女の実家に務めている黒人使用人たちの表情だったり、なんか無機質な感じのする彼女の親類たち、そして彼女の一家が目論んでいること。
それらは恐怖に値するんだけどその裏に黒人ならあるあると思う「あるあるネタ」を場面の随所に挟んでくる。例えば、「黒人って筋肉がすごいからみんな運動神経がいいでしょ?」とか「私はオバマを支持するわ」など黒人ならもう耳にタコができるどころか耳が引きちぎれるぐらいに聞かされた御託だろうと思う。

レッテル貼りをあるあるネタに
「そもそもお前らがオバマを支持するかしないかなんて知ったこっちゃねぇよ」みたいな態度を主人公がとるんけどそれも当たり前だ。
僕は大阪出身なんだけど家にはたこ焼き器なんて代物はない。それに会話にはボケもツッコミも入れないしどちらかと言えばノリがめちゃくちゃ悪いほうだ。だけど名古屋とか東京へ行くと決まってみんな「大阪の人ってみんなたこ焼き器持ってるんでしょ?」「何か面白いことをしてよ」とかいってくる。いや、できるわけがねぇだろ。
だって大阪の人と言っても大阪には800万人以上いる。その中でもマイノリティな存在であっても当然、たこ焼き器持ってない奴もそんなに面白くない奴もいる。吉本新喜劇のアンチだっている。
大阪の人でもこんな感じだから人種といっても「人それぞれ」であって絶対的ではなく相対的なはずである。だから黒人であってもみんながみんなスポーツができるわけではないし、みんな音楽的センスがあるわけではないし、ヒップホップが好きなわけではない。ましてやカニエウェストなんて声高らかにトランプ大統領を支持している。
そんなわけでこの映画は「黒人だからこうでしょ?素敵だわ」ってよく言われるよね?みたいなアメリカ黒人なら100万回は言われているであろう”あるあるネタ”が頻繁にボケとして登場する。多分、アメリカ本国の黒人たちには自身の体験と重ねてドッカンドッカン笑いが起こっているのだろうと思う。
僕も大阪出身ということで『ミナミの帝王』とか名探偵コナンの服部平次を見て「今時こんな関西弁喋る奴なんていねぇよ」ってツッコンで笑ってしまうしね。

この映画のヒロイン一家は黒人に対してどういう位置にいたのだろうか?
ここでネタバレになってしまうけど、主人公が彼女の父親と話をしているとその父親は「祖父はオリンピック代表候補でいいところまでいったけど黒人に負けて出られなかった。だけど黒人に対しては尊敬の念を持っている」なんて黒人に対する憧れを話すシーンがある。パーティーのシーンでもみんな黒人への憧れを口にする。おそらくこの一家って黒人の身体に異常なまでに尊敬の念があったんじゃないだろうかと思うんです。あの屈強な体が羨ましい、なんだったら黒人になりたい。僕だってベースを弾いていたら「あぁ、ブーツィーコリンズになりてー」って思うし。滑舌の悪い自分としては2pacのラップには憧れを持っている。
だからあの一家は「憧れ」を黒人の身体を「乗っ取る」という脳を移植する形で答えを出した。楳図かずお先生の『洗礼』と同じですね。あれも若さに対して異常なまでの執念があったからこそ自分の娘と脳を入れ替えるという答えを出した。
そんでさらに一家はパーティを開いて自分の娘を使って引っ掛けてきた黒人や拉致ってきた黒人の身体をオークションにかけてこれに競り勝った白人が黒人の脳へ移植して体を乗っとる人身売買を行うことになった。ちなみにこの一家が医者一家で父親は脳神経外科医だから脳を手術を行うことができる。
それからこの映画の中では色々とアメリカ黒人に対する奴隷の比喩みたいなものは沢山出て来る。例えば黒人のオークションは奴隷市場だし、黒人使用人だったり、なぜかアルコールは白ワインしかなかったり、映画のレイアウトとしてこういった比喩的風刺は場面のいたるところに出て来る。だけど映画の劇中では一言も黒人に対して侮蔑的な言葉が出てこない。
だからこの一家ってひょっとしたら黒人を差別するというより黒人に対して異常なまでの尊敬の念と愛があったからこそ狂ったんじゃないかと思うのとこの映画ってそれをコメディーとホラーとして製作しているのではないかというのが僕個人としての見解なんだよね。

やっぱりラストシーン
この映画の一番の見所はやっぱり最後の最後でパトカーが駆けつけるシーンだ。この映画のラストでパトカーが来るシーンは本当に緊張した。だってこのパトカーに乗っている警察官が白人か黒人かで大きくラストは変わっていたからだ。
アメリカという国は今でも黒人という理由だけで不当に逮捕されたり無抵抗なのに銃撃されたりしている。この辺りは『ストレイト・アウタ・コンプトン』を観るかN.W.Aの『Fuck the police』を聞くことをオススメする。なのでこのラストがもし白人だったら即刻この主人公は撃ち殺されていたかそのまま逮捕されていただろうと思うんです。

映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』

NWA-Fuck Tha Police

最後に
「黒人だからこうだろう?」っていうレッテル貼りは何も人種大国アメリカだけの特殊な事情のみではない。
僕らの身近なところでいったら沖縄や韓国、在日というだけでバチボコに叩かれるインターネットの風潮は傍から見ていたら「ひどいなあ」って思うし、街へ繰り出したら外国人の数もつい10年前に比べると圧倒的に数が増えているその延長線上には外国人研修生というこれまた奴隷のようなひどいシステムがある。
もうはじめに述べた「This is America」はもう人ごとではない。それなら「This is Japan」という曲がもし作られたとしたらどんな映像になるだろうか?

Get Out Official Trailer

それではまた次回

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