焦ってもいいことないぜ

文:なかむら ひろし

 人間の不安とか焦りって本当に正常な思考を阻害する。最近、話題になっているニュースで言うと、トイレットペーパーが不足するというデマを信じて買い占めに走ることで、デマが実現してしまったという話があるよね。皆がもう少し冷静になれば、こんなことは起こらなかったはずなのにね。もしかしたら、レイだって、心から焦りが消えなかったら、ユダに負けていたかもしれない。それほど焦りっていうのは恐ろしい。

 え?レイって誰だって?『北斗の拳』のレイね。知らない?そんな方は今すぐ『北斗の拳』を読んでくれ。

レイ

南斗水鳥拳の伝承者、義星を宿星に持つ男。両親は殺害され、結婚直前の妹は奴隷として売り飛ばされるという辛い過去を持ち、荒んだ生活を送っていた。その時の彼の顔はリン曰く「人を助けるような人の目じゃない」、バット曰く「大悪党のツラだ」とのこと。初対面の人間に顔のことをここまで言われてしまったが、ケンシロウとの出会いで本来の優しい性格を取り戻し、美形好きな女性読者から絶大な人気を誇る。ただし、作中では非モテ。

 あくまで個人の感想になるが、ぶっちゃけレイに「強い」というイメージはあんまりなかった。噛ませとして拳王様に瞬殺されている印象がとても強いので、風のヒューイや炎のシュレンとほとんど変わらないんじゃね?とも思えるが、ケンシロウと互角に闘っていたり、ユダを圧倒していたり、強さを見せる場面もしっかり用意されていて、実際には強いんだよね。だけど、やっぱり強いというイメージは湧いてこない。

 そこで改めて原作を読んでみると、その原因が判明した。レイは闘いの中で常に焦っているんだよね。拳王様クラスの超人が相手ならまだ分かるのだが、ライガとフウガが相手でもそうだし、腹にガソリンを溜めて火を吹く拳王侵攻隊の隊長のオッサンというしょうもない相手にも冷や汗をかいて、大袈裟に驚いている。この辺がレイにあまり強いという印象を持てなかった理由だと思う。

 皆さんはどうだろうか?例えば、同じ仕事を同じ時間できちんとこなし、結果だけを見ると同じだったとしても、涼しい顔をして仕事をしている人と常に余裕なく、慌ただしく仕事をしている人ではどちらが頼りになる人に見えるだろうか?答えは明らかだよね。ポテンシャルの違いを感じるはずだ。

 次にどちらも同じ仕事を同じ時間できちんとこなし、どちらも余裕を持って仕事をしている。ただ、一方はイレギュラーが起こった時にも慌てずに対処するが、もう一方は動揺を隠せず、慌てて対処する。この場合もどちらが頼りになる人に見えるか明らかだよね。イレギュラーに対処するアドリブ能力も社会人には求められる資質だ。

 それじゃあ、普段は他の人よりも仕事は早いし、クオリティも高いが、イレギュラーへの対処だけが上手くできない人はどうだろうか?肝心な時に役に立たない人だと辛辣な評価を下す方も多いのではないだろうか?私個人のレイへの評価が正にこんな感じだったわけで。

 しかし、ある瞬間からレイは変わった。拳王様に秘孔「新血愁」を突かれて死が確定した後はまだまだ焦りまくっていたが、トキに延命のための秘孔「心霊台」を突いてもらってから、レイから焦りが消えた。マミヤが死兆星を見たことを聞いても、まったく動じることがなかったシーンを見てもらえば、それがわかるはず。

 そして、その後のユダとの闘い。ユダが感情を爆発させながら闘うのに対して、レイは冷静に闘いを進め、ユダを圧倒する。その時のレイの拳はユダ曰く、昔より切れていたらしい。しかし、ユダの策略によって、レイはまた焦りを見せる。旧知の仲ということもあり、弱点を知り尽くしているユダ。ただ、レイはもはや昔のレイではなかった。冷静に対処してユダを破ったのだ。もし、昔のレイだったら、そのままユダに切り刻まれていたはずだ。

 それは焦りというよりも、義星という宿星を背負っているレイは心から愛する者のために闘う時にその真価が発揮されるからだという意見もあると思う。実際、作中でもそんな感じのやり取りがあって、私も以前はそう解釈していた。だけど、改めて読んでみると、それだけじゃないなと。

 皆さんも焦って本来のパフォーマンスを発揮できなかったという経験が一度はあるはずだ。身体が硬くなり、手足が震え、頭の中が真っ白になった経験が。やっぱり何事も焦らないで取り組めるようになりたいもんだよね。

 じゃあ、どうやったら焦りを少しでも緩和できるかって話だけど、我々は心霊台を突いてもらうことはできないし、突かれたところで死んでしまう。まずはどうして焦るのかっていう原因を考えてみよう。ヒントになるはずだ。ここではふたつほど例を挙げてみるけど、もし自分は当てはまらないっていう場合は自己分析してみてくれ。

 ひとつ目は自分の中で変にハードルを上げているから、焦らなくても良い場所で焦ってしまう。完璧主義とか他者から常に良く思われたいとかいう自意識過剰さが原因のひとつだと思う。日常生活で絶対に失敗できない、失敗したらもう後がないなんていうことはそうそうあるものじゃない。後からいくらでも挽回できる。常に背水の陣を敷くなんて精神を磨り減らすだけだぞ。

 次に考えられるのが、余計なことを考え過ぎてしまって、今やるべきことが見えていないから焦ってしまう。やらないといけないことが多すぎて、何から手を着けて良いのかわからない状態になっているとも言えるかな。つまり、頭が容量オーバーになってしまっている。例えば、入学試験でわからない問題に出くわした時に「これじゃ落ちるかも、もし落ちたらどうしよう」とか考えたことはないだろうか?冷静に考えたら、まずはその試験に集中しろよって話だし、問題自体が難しくて、他の人も解けていない可能性もあるわけで。先のことは一旦置いておいて、目の前のことに集中するように切り換えるトレーニングが必要かな。

 ここまで焦ることはヤバいことだと書いてきたが、まったく焦らなくなってしまったら、それはそれでもっとヤバい。焦るなっていうより、焦ってしまった時に上手く対処できるようになろうっていうのが正解。焦るってことは成功したい、成長したいという願望を持っているから起こることなんだよね。何もかも諦めてしまった人は焦らないよね。焦るから、焦らないように準備をするようになる。焦りとは上手く付き合っていけって話だよね。

 それでは、健闘を祈る。

なかむら ひろしのTwitter

ついったウィジェットエリア