下流こそ高い専門性を身につけるべき

文:なかむら ひろし

 小学生の頃、給食を残そうとすると、教師から「アフリカの貧しい国の子供たちは食べたくても食べられないんだぞ」などと怒られた、または怒られている生徒を見たことがあるという方は多いのではないでしょうか。これに対して、今自分の目の前にある給食を残そうが残すまいが、アフリカの貧しい国の子供たちとはまったく関係のない話だと思ったものです。小学校でよくある光景なのですが、教師(親もそうですね)がこのような言い方をするのには何か理由があるのではないでしょうか。
 給食を残さずに食べたところで、飢えた人々の空腹が満たされるわけがないことなど、教師もわかっているはずです。飢えた人々も満腹になれば、それ以上は食べずに残すこともあるでしょうし、どうしても口に合わない食べ物もあるでしょう。このような注意の仕方が論理的におかしいということに大した問題はないのです。

 現在の日本は、飽食の時代などと言われ、大量の食物を輸入しておきながら、同時に大量に廃棄もしています。確かに飢えに苦しむ人々からしたらふざけるなっていう話でしょう。
 多少の廃棄が出るのは、経済的にも安全保障的にも必要悪ですし、食の安全に関する基準がしっかりしているが故という部分もあります。しかし、度が過ぎると決して褒められたものではありません。何でも食べることを強要する必要はないと思いますが、飢えずに食べられることが当たり前であることの幸福は認識しておくべきでしょう。
 そういう意味では、教師たちが言いたいことは理解できるのですが、このような言い方にはどうも引っかかるものがあります。

 例えば、「仕事が忙しくて遊ぶ時間もないけど、仕事がない人もいるのだから頑張ろう」と言う人はいますが、「仕事が忙しくて遊ぶ時間もない人もいるのだから、仕事のない自分は遊び続けよう」なんて言う人はいないでしょう。このように他者と比較した言い方は、そこに悪意があるかないかは別にして、「上から目線」が入っているのです。
 他者と比較して、自分の置かれた境遇はまだまだマシだという時に引き合いに出されるのは、大抵の場合は最下層の人々です。このように言われると、自分が下流であったとしても、中流であるかのような錯覚が生じることがあります。自分は下流であるにも関わらず、中流であると思い込むのです。

 皆さんは、「一億総中流」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?日本の人口が約1億人であることにかけて、国民の大多数が自分は中流であると考えることを表す言葉なのですが、これは高度経済成長により広まっていきました。技術革新や所得の上昇により、かつては上流だけが手に入れることができたようなものを中流でも手に入れることができるようになるなど、中流でも十分幸せであるという意識も強くなっていき、国民全体が中流である社会を目指したのです。
 しかし、皆さんもご存知の通り、現在の日本は格差が広がり、二極化が進んでいます。今後もそれは続いていくことでしょう。それでも、内閣府の調査では、9割以上の世帯が「自分は中流である」と答えたそうです。

 自分は下流であるのにも関わらず、自分は中流だと思っている人が多数存在することによって、現状の生活が苦しくてもそれが中流つまり普通であると思い込み、生活が苦しいのは自分の精神的な弱さだとか努力が足りないだけだとか、それを克服できれば上流に這い上がることができるに違いないと考えるのです。そして、自分と同じような境遇にある人が「自分が下流である」と認識していて助けを求めた場合、「それは甘えだ」とかいう批判を行ったりします。
 日本人は、自分がこうだから相手もそうに違いないと考えがちです。日本で自己責任論が盛り上がっているのは、こういうところにあるのではないでしょうか。

 日本という国は、平均以上が大好きです。何でも平均以上が求められます。学校の画一的教育、企業がスペシャリストよりもゼネラリストを求める(理系に関しては別ですが)のを見ると明らかでしょう。平均以下は恥であるという意識が下流であるにも関わらず、最下層と比較して自分は中流であるという思考に至らせるのかもしれません。
 しかし、格差が広がっていく中で本当の中流は少なくなっています。何でも平均以上を目指した結果、パワプロでいう能力オールEみたいな何でもできるゼネラリストどころか器用貧乏というより何もできない人間が量産される恐れすらあります。
 こんなご時世だからこそ、高度な専門性を身につけることがこれからの社会を乗り越えていける術になるのかもしれません。

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『完成!ドリームハウス』という番組で、奇怪な家を建てさせられた大工の棟梁が「普通がいちばん」という名言を残しました。
しかし、普通のハードルが上がった今、高度な専門性が自分の身を助けることになるはず。
中流が『機動戦士ガンダム』でいうところのジムであれば、ジオン公国軍の局地戦用MSを目指すべき。
場面によってはジムさえ余裕のハイゴッグとか素敵じゃないか。
今ならまだ間に合う、旧ザクのままじゃ生きていけないぞ。

なかむら ひろしのTwitter

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