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オリジナルと共通認識。そしてその考え方

文:田渕竜也

人間って自分が解釈し得ないものは絶対的それを受け入れない。

だからオリジナルというものを発表して受け入れられるっていうのはめちゃくちゃ難しいことだ。
ここで今回の話したいことはもうここで結論を言ってしまっているけど、まぁ聞いてほしい。

例えば、カレー。定番のカレーといえばあのクミンの香りと唐辛子の辛味がまず想像できるだろうと思う。
けどもしそのカレーの色が青でミントのかおりで見たこともないオリジナリティに飛んでいたとしたらどうだろうか?
多分いくら美味いとその奇妙なカレーを発明した人に促されても右手に持つスプーンは絶対に進まないだろうと思う。

そういった未知の物体に対して美味いと言われても食べる気がしないのはそれに対する「美味い」という共通前提がないからだ。

だからフツーのカレーも認知される前ってミントの香りがするブルーのカレーと同じような認識だったと思うんですよ。

なんか変な匂いのする茶色いドロドロした液体とご飯。なんか文字情報に置き換えるとこれを全く美味しいとは思えない。
これはカレーっていう経験を通じて共通の前提が産まれる前だからこれが美味しいと思えないわけなんですよね。
その「「うまい」という経験を経るから「カレーは美味い」という共通前提が出来上がる。

それでこの共通の前提をつかってみんな現在のフツーのカレーが作れるわけである。

話は戻って「オリジナル」。

だから「オリジナル」というものはなんども経験をしてもらえないとそれを良いとは言えない。
だったら誰かがもう共通の前提を作り上げたコピーの方がらくではないだろうか?
たしかにコピーで自分を出して承認をしてもらえるのは楽だ。だってみんなそのコピー品を知っているわけだし、良いものという前提がある。

最近よく見かけるバズってる音楽をその辺のハイエナみたいな人たちが踊ったり歌ったりするような動画ってあるじゃないですか。最近だとめっちゃ短めの動画にしてサビの一番いいところだけ歌って終わるやつ。
例を挙げればOfficial 髭男dismの「グッバイ」の部分だけ後は変な踊りをつけるようなやつ。あれなんかはある意味、もはや音楽を聞くとか歌うとかいう概念ではなく「着飾る」と言ったほうが正しいかもしれない。

そうなるとオリジナルはもう何度も言っているように共通の前提がないから無理やりにでも経験をさせない限り誰にも共通前提が生まれない。

多分、売れてない、アマチュアで満足しているバンドってこの前提を経るための努力を不足しているのではと思う。

アマチュアで満足しているバンドはまぁそれでいいと思いますよ。適当にギター鳴らしてスタジオに入ることに満足しているような状態。親父バンドによくありがちなタイプだ。メインはそのあとの居酒屋になっちゃうタイプ。これはいいんですよ。本人たちの幸福がその狭い世界であるわけだし。

ここで問題にしているのは売れていないバンドのオリジナルの話。

めっちゃ頑張って練習したオリジナル楽曲、それが何をやってもリツイートやいいねを押してるのが自分のバンドメンバーだったり、法外な金額を搾取してきたライブハウス関係者だったり…。
まぁ実質ゼロだ。反響がないに等しい。ゼロの状態だ。ゼロには何をかけてもゼロだ。だから何か努力のベクトルが間違えているのかもしれない。

だけどカバーだとそれなりに反響があったりするわけなんですけどそれはもうそういった前提とそもそもバンドが好きなんじゃなくてその楽曲が好きなだけなのである。だからカバーで評価されてもそれはバンドの評価になるとはあまり思えない。
まぁオリジナルの反響ゼロに等しいよりはマシだけどね。だけどそれで満足するならまぁアマチュアの楽器大好きおじさんでいいじゃんという話になる。

これに似ているのが無駄に店主がガンバちゃって美味しくなくなるチャーハンってあるじゃないですか?

そもそも「チャーハンって油とネギとチャーシューだよな」っていう共通の前提があるからこそ成立しているわけでそこに場末のスナックみたいにちくわまみれのチャーハンは結果的美味しくない。

それではなぜそのスナックの人はちくわをいれたかと思えば、多分、ちくわは動物性タンパク質を摂取するのに安価な値段で買えて扱いが楽という前提があるからだと思う。

そう、自分たちで作り上げてしまう共通前提っていうのは全くの無意味に近い。それを作るのはあくまで他者なわけで、だから自分たちだけでオリジナルを作り上げるのは不可能に近いわけである。

だったら売れないバンドは為す術はないのかと考えればちゃんと抜け道はあると思う。要は他者の認知が広がればいいわけである。いうのは簡単だけど、それをどうするか?いくつか考えてみました。

1.拡散打率の高い人にリツイートされやすくする。
ピコ太郎作戦と言ってもいいんだけど、SNSに影響力がある人にリツイート、拡散してもらえるようにする作戦。例えば、その人の周りでどうやったら話題になるか、どうすれば少しでも近づけるかを考えること。
多分、これがSNSに影響力がない人たちの今の正しい戦い方かもしれない。もう誰かの力で他力本願でやってもらうのだ。

2.ツイキャスで人生相談会をする
イエス・キリストがどのようにして自分の勢力を伸ばして行くことができたかというと、当時の娼婦や大工など社会的弱者の味方でいるようにしたから勢力を伸ばすことができた。仏教で言えば浄土真宗。1000年も前の仏教というのはエリートにしかできないベジータのような勢力だったけど、法然という坊さんが浄土宗というものを開いて、その弟子に当たる親鸞が浄土真宗を立ち上げたんだけど、これのおかげで今の日本に仏教がお茶の間に入るようになった。ようはかなりお手軽にして、さらに悪人も救われる考えを入れたわけである。
ようは弱い立場の人たちに知ってもらうように努力をすること。今の社会的弱者って誰でしょうか?まぁそれはそのバンドのイデオロギーだったりそれら次第なところがあるけど、とにかく自分の音楽を経験して救われる経験が必要。
ならツイキャスで人生相談会をするという提案なんですがどうでしょうか?

3.一か八かトランプ大統領のツイートに動画を送りつけまくる。
まぁキチガイのようにして入ればそのうち誰かが気になって聞きにくるんじゃないかと思うやり方何ですがどうですか?
だって毎日、トランプ大統領のツイートに日本のバンドの音楽を貼って入れば誰かは聞くでしょ?誰かはきになるでしょ?とにかく炎上覚悟の作戦である。

まぁ考えられるのはこんなもんか。
あれこれ色々考えたけどバンドは活動しないと認知どころ死んでしまうわけで、続けるということが一番重要なわけである。

だからどういった活動がいいのかは一度バンドメンバーと話し合ってみるのもいいかもしれない。そんでそれぞれの価値観を共有してどういう位置付けで動けばいいのかがはっきりとして変な熱量の差で嫌な気分にならなくて済むかもしれない。

というわけで今回は色々と考えてみたけどいかがだっただろうか?

それでは。

田渕竜也のTwitter

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