/ Column

ポップだけでは片付けられない何か。どうかPassion pitを聞いてほしい。

文:田渕竜也

キャッチーさとかメロディアスさ。
これってポップスにおいては欠かせないキーワードであるし、おそらく現代商業音楽にとっては必要最低限の条件なのではないだろうか。

上記の要素ってある者は売れるための最低条件であると言うし、またある者は語ろうとも思わないバンドやアーティストに対して「キャッチーだね」と枕をつけるような言葉なのだろうかと思う。
だからキャッチーとかメロディアスってイコールでポップなのか、はたまたポップ=キャッチー、メロディアスさなのか。ていうよりこの公式はそんな簡単なものなのだろうか。
過去を振り返れば小室哲哉の作品群ならまだそのような公式は成り立つだろうけど、例えば郷ひろみなんかはポップなのか?あれは「歌謡曲だ」とも言われる。
そうなってくるとなんだか”ポップ”という記号がどんどんとぼやけてくる。
考えれば考えるほど沼にはまっていくのがポップという記号。バンドをやって入れば必ず言われるであろう「もっとポップな曲は作らないの」そんなのわかっている。わかっているけどわからないんだ。その「ポップ」という言葉の造形像が。
ていうかそもそもでいえばポップならその音楽はいい作品なのか?どうなんだ。おそらく違う。決定的にいい音楽になるなにかが足りない。
その昔、そんなことを考えていたワタクシの耳にすっ飛んできた、素晴らしいメロディアスでキャッチーでポップ。その全てがイコールでしっかりとした解答となったバンド。それがPassion pitであるのです。
ぜひ、御紹介したく今回は筆を執った次第であります。

このバンド、ジャンルとしてはいわゆるエレクトロポップとでもいいましょうか、まぁその類に分類されるかと思う。
作風としましてはポップな音楽だけど、曲の内容は内省的でとても暗い。
それだけならそれなりにいる類だけど特筆すべきはこの煌びやかサウンドの中のなんとも言えない哀愁というか情動的なボーカルののマイケル・アンジェラコスの存在だ。


この曲とかどうですか?エレクトロだけど妙に心臓を掴まれたような妙な哀愁というか悲しいような。とにかく旋律が無駄がなく美しく儚い。全てのツボを押さえていくそのメロディはポップで煌びやかなんだけど切なさしかない。
少し勝手にサウンドを分析してみるとおそらくメジャー7thにそのミソがあるのか、あとはシンセの音選び全体のセンスなのかなと個人的には思う。あとは生ドラムっていうのも見逃せない要素でもあるかと。
それにしてもこの曲のメロディとキャッチーさがかえって泣けてくるのは、個人的には究極にメロディを削ぎ落とした結果なの中と勝手に思っています。理屈で分かっても普通のソングライターには作れないと思う。
なぜかと言えばマイケル・アンジェラコスそのものからにじみ出ている世界観がPassion pitの音楽が素晴らしくしているからだ。


これはワタクシが一番好きな曲にはなるけど、とにかくメロディに無駄がない。ゴスペルを基調としたシンプルでビートは地味だけど厚みがあって低音のアンサンブルが非常に素晴らしい。

That you never leave
Ooo ohooo ooo, never

とコーラスリフでイントロが始まるんだけど、すでにこの時点で切なすぎるわけで..。
歌詞を見ていけばわかるんだけど、結構抽象的な表現が多く解釈も聞く人それぞれで分かれるだろうと思う。
明確なのはマイケル・アンジェラコスの赤裸々的ともいうべき自身の内面との葛藤。
捉え方次第ではかつてのパートナーへの懺悔と悲しみと感じるだろうし、見えている世界の相違とも捉えられるだろうと思う。

少し複雑な話で考えれば自分が感じる他者と他者が見るワタシという空間においてお互いに見えている世界には相違があるわけで。
例えば「頭が痛い」といっても双方の捉え方は随分と違ってくる。「頭痛いぐらい大丈夫やろ」と他者に対して捉えたとしても相手は「マジ無理」なのかもしれない。
だから他者との関わりっていわば世界のぶつかり合いであって傷つくし、傷つけてしまう。
やっぱりその傷も癒えるものもあれば癒えないものもある。
ほんの些細なことでもぶつかるわけで、無意識下で傷が増えていく。
まぁそんな世界観の相違で別れていく人たちってよくある話なんだけど。

「僕は君を愛してる、君が必要だ。だけどいつか君は別の場所を見つけて去らなきゃいけない」
サビの終わり際にこんな歌詞、悲しすぎるじゃないですか。

実はアンジェラコスはメンタルに大きな問題を抱えていて、アルバムごとに浮き沈みが激しい。
そんなPassion pitだけど僕個人としては上記の曲が入っているアルバム「GOSSAMER」は本当にオススメ。
ぜひ、英和辞書を片手に自分なりに解釈をしながら聞くことを強く勧めます。

洋楽の歌詞ってなんとなくスルーしてしまうのが日本人なんだけど、なんかよくわからないなりにアンジェラコスのハイトーンから滲み出る何かが訴えてくるわけですよ。
それは単なるメロディアスとかキャッチーとかポップなんかでは片づけられないなにかであって、多分それはアンジェラコス自身の気障な言い方で表現するならSoulなんじゃないかなと。

昔、とある知り合いのバーのマスターが「音楽はここ(腕を叩きながら」やない。ここ(胸を叩きながら)や!」ってよく言ってた。
Soul、それはその人の人生であって、その人にしか作り出せない世界観である。
だからたった一曲がこんなにも感動するわけで、生き様がこの素晴らしいメロディを絞り出しているのではないか。
そんなことを思っています。

それでは。

田渕竜也のTwitter

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