君はジャミラに同情できるか?
KBS京都というローカル局で毎週金曜日の深夜(明けて土曜日)に『ウルトラマン』が再放送されて、私の週末の楽しみのひとつになっています。本日の放送は『故郷は地球』という問題作です。ウルトラマンファンの方でなくとも知っているという認知度が高い有名な話で、今更語る必要もないかもしれませんが、あえて語らせていただきます。私が最後に観たのは、もう随分前の話になるので、「そこは違うぞ!」という突っ込みが入るかもしれませんが、簡単にあらすじを。
ジャミラという宇宙飛行士が宇宙で遭難してしまうという事故が起こるのですが、本部は事故を揉み消すために救援に向かいませんでした。謎の惑星に漂流し、どういうわけか怪獣の姿と化したジャミラが復讐のため地球に帰ってくるというような内容。
最終的にジャミラは、ウルトラマンによって倒されるのですが、物語がジャミラに同情的な感じで進んでいくこともあってか、「ジャミラが可哀想だ」なんていう意見が結構が多かったりするんですよ。私は、これが日本の嫌なところだなと感じるのです。地球に帰ってきたジャミラは、旅客機を撃墜したり、何の罪もない人間を次々と虐殺しとるわけですよ。『恐怖のルート87』でもそうですが、直接的な加害者じゃなくて、無関係な人間が虐殺されても怪獣に同情的な演出が加えられるってどうよ?っていうね。これは創作の中の話だからまだいいが、現実でもこういうことってあるんだよな。全く関係のない人が被害を被っているのにも関わらず、一度加害者に同情的な空気ができあがると、被害者の気持ちなんか無視。そんな空気に異を唱えると、それこそ加害者よりも冷血な人間のように扱われたりする。本当に狂っとる。
これには逆のパターンもあって、一度世間から「悪者」と認定されると、その人に対して、どんな酷い罵声を浴びせようが何をしようが、許されるみないな空気ができることもある。酷い時だと国家単位のいじめのような発展を遂げることすらある。凶悪犯とかならまだしも、そこまで青筋を立てる事件かよってことで、こういうことになることがあるんだよな。
「感情」って冷静な思考を奪うものだから、あまりに感情に流される人間にならないように気を付けるべき。ぶち切れてる人とまともな会話ってできないでしょ。こういう感情論全開の奴とはお近づきにならないのがベター。そういう私も時に感情的になってしまうこともあるのですが。